オンライン授業/ヨーロッパの戦争と文明
第11回(5月24日・月曜3限)/中世ヨーロッパの城
(※画像がうまく読み込まれない場合は、再読み込みすると表示されると思います)
★今回は、前半と後半には分かれていません★
前回は中世ヨーロッパの騎士の話でした。
今回は、その騎士たちがいた城について取り上げます。
1.10世紀~/モット・アンド・ベイリー(盛り土と囲い地)様式の城
さて、今回も歴史の話から始めます。
前回、中世のヨーロッパは、土地と農民を所有するさまざまな領主(貴族)たちが、
まるで細かいモザイクのようにして国を支配していたとお話ししました。
その際、次のような分類も示しました。
A.大規模領主/広大な領地を支配する大諸侯たち(公爵や伯爵たち。領域的諸侯とも言う)
B.中規模領主/複数の村々を支配し、城に拠点を置く城主たち
C.小規模領主/村ひとつ程度を支配した村落領主たち
こうした多くの大・中・小クラスの領主(貴族)たちが、お互いに主従関係を取り結んでいました。
トップは国王ですが、これは上の「A」の最上位ランキングの領主ということになります。
ただし、フランスなどでは中世12世紀頃までは、国王と言っても直接支配する領地は
そんなに多くなく、「臣下」であるはずの公爵や伯爵の方が、うんと広い領地を支配していたりしました。
そしてしばしばそういった「臣下」たちが、
「主君」である「国王」にたてついたり、抵抗したり、戦争を起こしたりしたのです。
「国王」と言っても、実力ではなくて、
あくまでも形式的な主従関係・格(ランク)の上位者に過ぎなかったのですね。
(ただし、往々にして、形式上の最高主君である、ということがモノを言ったのですが)
こうした王政のありかたを、西洋史の専門用語で「封建王政」と言います。
つまり「国王」は、たくさんいる「領主」たちの中の、
あくまでも形式的な最上位の「領主」に過ぎなかったのです。
しかし12世紀以降の歴史は、
国王が、言うことを聞かないそうした臣下たちから土地や権力を少しずつ奪い取って、
どんどん強力になっていくプロセスでもありました。
跡継ぎを残さず死んだ臣下の土地を併合したり、子供たちの結婚を利用して併合したり、
あるいは難クセを付けて無理矢理奪い取ったりと、
歴代の国王たちは、あの手この手で領地と権力を自分の手に
集中させていきます(これを「中央集権化」と言います)。
そのようにして最終的にフランス全土において、絶大な支配権を確立したのが
かの有名なブルボン王朝のルイ14世(太陽王)ですね。いわゆる「絶対王政」です。

中央集権化をすすめたフランス国王フィリップ2世 絶対王政を実現したルイ16世
さて、中世ヨーロッパのお城の話に進みましょう。
この時代、「城」(城郭)を構えることができたのは、
多くの場合、上の「A」と「B」の大・中規模クラスの領主たちでした。
小さな村の小領主程度では、立派な城を築くだけの財力も権力もありません。
と言っても、中世の初期の頃(6世紀~9世紀頃)は、
ほとんどの場合、領主たちは、立派で大きな城ではなく簡素な木造の建物に住んでいました。
そうした木造の城は、周囲を土塁や木柵で囲む程度の防衛施設しか持ちませんでした。

ドイツで復元されている木造の城
10世紀(1000年代)初め頃から、ノルマン人(ヴァイキング)の
「モット・アンド・ベイリー」(Motte and Bailey)方式がフランスなどに導入されました。
「モット」とは円形の堀を持つ天然あるいは人工の盛り土・土塁・小丘です。
その丘の中央に木造の塔・天守(キープ/ドンジョン)を作り、
そこに城主とその家族が居住しました。
あまり居住性はよくはありませんでした。とにかく小さくて狭い。
「ベイリー」は、モットに併設された囲い地です。
この「ベイリー」には、守備兵(武装した家臣)や使用人(召使い)の住居、倉庫、馬小屋、
家畜小屋、武器庫、台所など、城の生活と防衛を支えるための建物が置かれていました。
「モット」と「ベイリー」は橋脚式の傾斜橋でつながっていました。

(『歴史群像/No.18』学習研究社、1995年4月)
こうした「モット・アンド・ベイリー」様式の城は、短期間に費用をかけずに建設できました。
規模も大きくなく、必要に応じて場所を選ばすに構築できたのです。
ベイリーが攻撃側の手に落ちると、守備兵はモットに立てこもりました。
木造だったので、火による攻撃にはとても弱いものでした。
また木の浸食や腐敗も起こりやすかったので、長期間の防御施設とはなりませんでした。

復元された「モット」(Motte castrale de Vraincourt)
2.11世紀~/木造から石造りの城へ/シェル・キープ様式の城の登場
10世紀から11世紀、そして12世紀にかけて、木造のモット・アンド・ベイリー様式の城は、
とくに「モット」の部分の建物が、次第に木造から石造りに造りかえられていきました。
そのひとつが「シェル・キープ」様式(「貝殻状周壁を持つ主塔」様式)です。
これはモットの主塔を取り囲む木造の周柵を石造りに変えたものでした。
石壁の内側に、城主の住居を置きます。
この住居はいまだ木造も多かったようです。
下の写真、イギリスの「レストーメル城」(Restormel Castle)は
完璧なシェル・キープ様式の例と言われています。

イギリス・レストーメル城

レストーメル城の平面図
その後、主塔(キープ、ドンジョン)自体を石造りにするものも現れました。
その場合、その主塔の形は方形(矩形・四角い形)のものが多くなりました。
方形の主塔は、英語では「レクタンギュラー・キープ」と言います。
ロワール川沿いのトゥールの西にある「ランジェ城」(Château de Langeais)は、
フランスで、最も初期の石造りキープ(ドンジョン)の例です(↓下の写真)。
アンジュー伯フルク・ネッラ(Foulque III Nerra, 987-1040)によって、
西暦1000年頃に建造されました。

フランス・ランジェ城のドンジョン(主塔・天守)の壁
下の写真の左側は、やはり同じくアンジュー伯フルク・ネッラが1010~1035年に建造した
ロワール地方の「ロッシュ城」(Château de Loches)です。
方形キープ(ドンジョン)を持つものです。非常に保存状態が良く残っています。
また、下の写真の右側は、南フランス・ドローム県北部に残る
「アルボン城」(Château d'Albon)のドンジョンです。
石造りの塔がモットの上に残っています。
その下に、塔を取り囲むように、城の館や城塞礼拝堂の遺構が残っています。

ロッシュ城 アルボン城
3.12世紀~/十字軍による東方築城術の導入
12世紀から13世紀にかけて行われた十字軍遠征によって、
東方(イスラームなど)の築城術がヨーロッパに導入されるようになりました。
その結果、城塞の石造化がますます進みました。
そして主塔(ドンジョン、キープ)や城壁の塔が、多角形や円形で造られるようになりました。
塔が多角形や円形が多い理由は、四角い方形の建築物は、
どうしても「角の部分」が強度の点で弱くなるということがあります。
多角形や円形の塔には死角がなく、強度も強くなります。
セーヌ川沿いにあるガイヤール城(Château Gaillard)は、
英国王リチャード獅子心王が、第3次十字軍の時に影響を受けた築城術を用いて
12世紀末(1196~1198年)に建設したものです(下の写真)。
下の右側の写真の赤い線で示したように、
外側が丸く、内側が方形(四角い)という主塔(ドンジョン)を持ちます。
さらに二重三重の防御壁で守りが固められるようになりました。

フランス・ガイヤール城 真上から見たところ。主塔は外側が丸く、内側は四角い。
こうした城の中の生活は、それでもやはり広い屋敷に比べると狭くて
居心地は良くはなかったでしょう。
戦時には家臣や兵士たちも一緒に立てこもることになります。
食料にするための家畜なんかも一緒です。
衛生的にも健康的にも、決して良い環境ではなかったと思われます。
ローマ人のように、要塞の中に風呂や立派な水洗トイレを作るなんてことは、
中世にはありませんでした。
しかしトイレはなくてはならないので、
城壁の外にボタボタと落とす式の簡易なものが作られていました。

スイス、シオン城のトイレ フランス、エグ=モルトの城壁のトイレ
4.15世紀~/城の宮殿化
15~16世紀のルネサンス以降の城は、実質的には防備施設ではなくて
居館・邸宅・宮殿にすぎなくなりました。
最大の理由は、この時代から発展した大砲の出現です。
都市の城壁や中世的な城郭の防備力は、大砲の前ではほとんど無力だったのです。
戦争における主要な戦闘は、城を取ったり取られたりと言うよりも、野戦に移っていきます。
中世の騎士と城の時代は、ついに終わりを迎えることとなったのでした。
下の写真は、フランスのロワール地方にあるシャンボール城(Château de Chambord)です。
国王フランソワ1世が、1519年から建設させたルネサンス様式の城です。
城と言っても、実際は豪華な「宮殿」であって、もはや軍事的・防御的な要素はありません。

シャンボール城(フランス)
次の写真は、これもまたフランスの有名なヴェルサイユ宮殿です。
パリに行った日本人観光客なら、誰でも一度は訪れるフランス観光の目玉のひとつですね。
17世紀から本格的な建設が始まったもので、やはり軍事的・防御的な要素はほとんどありません。
ちなみに日本語では「ヴェルサイユ宮殿」と言いますが、
フランスでは「ヴェルサイユ城」(Château de Versailles)と言い、
名前的には立派な「城」です。

ヴェルサイユ宮殿(フランス)
最後に、ドイツ南部のバイエルン地方に、
有名な「ノイシュヴァンシュタイン城」(Schloss Neuschwanstein)があります。
これは19世紀に、バイエルン王ルートヴィヒ2世によって建設されたものです。
19世紀なので、時代は近代であって、中世のものでは全然ありません。
しかし彼は、昔の中世時代の騎士道とかお城とかに強い夢と憧れを抱いており、
自分のその夢を、いかにも中世的でロマンチックなお城を
いくつも建てることでかなえようとしたのでした。
しかしこのような「浪費」が王室の財政を大きく傾けさせる結果となり、
とうとう無理矢理に退位させられてしまいます。
その後は精神に異常をきたしたとされて幽閉され、不可解な死を遂げます。
中世へのロマンティシズムとともに滅びた悲運の国王でした。
その代わり、今ではこの城は世界中から観光客を集め、
ドイツの観光収入のドル箱のひとつとなっているのは
なんとも皮肉な話ですね。

ノイシュヴァンシュタイン城(ドイツ・バイエルン)
本日は前半と後半には分けていないので、これで終わりです。
次回(第11回)は、ノルマン人(ヴァイキング)の侵略と
ノルマン・コンクエストの話です。
| 今回は、小コメントやその他の提出物はありません。 |
※次回の小コメントの提出は、第15回目の授業が終わったところで予定しています。
| 次回は5月27日(木)の午前中(11~12時頃)に、第11回目の授業内容を このサイトにアップします。 http://wars.nn-provence.com/ にアクセスして下さい。 |
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【本日の授業に関する参考文献】
『歴史群像 No.18』学習研究社、1995年4月号。
『歴史群像グラフィック戦史シリーズ/戦略・戦術・兵器事典5/ヨーロッパ城郭編』
学習研究社、1997年6月。
小島道裕編『武士と騎士-日欧比較中近世史の研究』思文閣出版、2010年。
柴田三千雄・樺山 紘一・福井 憲彦ほか編著『世界歴史大系/フランス史1・先史~15世紀』
山川出版社、1995年。
武田正彦『ヨーロッパの古城をめぐる旅』小学館、1999年。
西野博通『イギリスの城を旅する』双葉社、1995年。
野崎直治『ヨーロッパ中世の城』中公新書、1989年。
紅山雪夫『フランスの城と街道』トラベルジャーナル、1994年。
紅山雪夫『ヨーロッパの旅 城と城壁都市』創元社、1998年。
渡邊昌美『フランス中世史夜話』白水社、2003年。
カウフマン、J.E. & H.W.『中世ヨーロッパの城塞』中島智章訳、マール社、2012年。
クリストファー・グラヴェット『オスプレイ戦史シリーズ2/イングランドの中世騎士-白銀の装甲兵たち』
須田・斉藤訳、新紀元社、2002年。
クレール・コンスタン『知の再発見双書/ヴェルサイユ宮殿の歴史』
伊藤俊治監修・遠藤ゆかり訳、創元社、2004年。
ジョセフ・ギース&フランシス・ギース『中世ヨーロッパの城の生活』栗原泉訳、
講談社学術文庫、2005年。
チャールズ・スティーヴンソン編『ビジュアル版・世界の城の歴史文化図鑑』
中島智章監修、村田綾子訳、柊風舎、2012年。
マシュー・ベネットほか『戦闘技術の歴史2/中世編・AD500-AD1500』
淺野明監修、野下祥子訳、創元社、2009年。
BEFFEYTE, Renaud, L'art de la guerre au Moyen Âge, Ouest-France, 2005.
CHÂTELAIN, André, Châteaux forts, Images de pierre des guerres médiévales, R.E.M.P.ART, 1991.
COULSON, Charles, Castles in Medieval Society, Oxford, 2003.
GONDOIN, Stéphane William, Châteaux forts de la guerre de Cent Ans, Histoire & Collections, 2007.
GUILLOUËT, Jean-Marie, Mémento Gisserot des Châteaux-forts, Éditions Jean-Paul Gisserot, 2005.
KEEN, Maurice, Medieval Warfare, A History, Oxford UP, 1999.
KENNEDY, Hugh, Crusader Castles, Cambridge UP, 1994.
MESQUI, Jean, Les châteaux forts de la guerre à la paix, Gallimard, 1995.
PANOUILLÉ, Jean-Pierre, Les Châteaux forts dans la France au Moyen Âge, Ouest-France, 2015.
RENDU, Jean-Baptiste, Atlas des Châteaux forts, Maisons fortes et Forteresses de France,
Éditions Atlas, 2007.
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