ヨーロッパの戦争と文明/第10回(5月20日・木曜3限)
               中世ヨーロッパと騎士の世界(後半)   
(※ページの画像がうまく読み込まれない場合は、再読み込みすると、ちゃんと表示されると思います)


後半では、ヨーロッパの騎士と、日本の武士の比較をしてみます。


5.ヨーロッパの騎士道と日本の武士道について             
①主君との関係
ヨーロッパの騎士は、
複数の主君と主従関係を持てました。
主従関係とは、
あくまでも「契約」なので、場合によっては何人もの主君と
この「契約」を結ぶことができたようです。
主君に付き従って忠誠をちかうことを
「臣従」と言います。

中には、なんと
20人もの主君を持った例もありました。
その場合、
優先度が決められていて、主君同士が敵対した場合には、
優先度の高い方の主君の味方をしました。
でも20人も主君がいると、憶えているだけでも大変そうですね。
「えーと、あいつはオレの主君だったっけ? 敵だったっけ? どっちだったかな~?」
みたいな(笑)。

また、自分から見てふさわしくない主君の場合は、
臣下から契約解除できました。
合理的、というか、とてもドライな関係ですね。


それに対して、日本の武士の場合は、あくまでも個人と個人の人間的な関係です。
なので、主君は一人だけ。
例外もありますが、基本的には、たとえ主君がそれにふさわしくない者であっても、
死ぬまで
忠誠を尽くします。
なので、しばしば主君との間では、単なる主従の感情以上の感情関係が生じました。
つまり日本の武士道は、しばしば
男性同性愛の世界と紙一重と言っても
いいくらいのものだったのです。
「あなた様に、身も心もすべて、命をかけてささけます!」みたいな濃密な関係です。




②戦い方・武器の違い
ヨーロッパ中世の騎士の基本的な武器は、
槍(やり)と剣でした。
槍や剣による正面からの
騎乗突撃戦法がメインでした。
特に12世紀(1100年代)頃から、重武装の騎士が、
長槍による騎乗突撃戦法を取るようになりました。

ヨーロッパの騎士たちは、
飛び道具(弓矢)の使用を軽視・蔑視していました。
つまり「飛び道具」の使用は、
騎士たるものにはふさわしくないと考えられたのでした。
勇気ある騎士たるもの、
正々堂々と一騎打ちだ! てな感じです。
飛び道具(弓矢)は、あくまでも非騎士身分の従者、
平民兵、傭兵たちが使用するものだったのです。

ヨーロッパの騎士が弓矢を使わなかった理由のひとつは、
剣や槍は、
手加減が出来たということもありました。
つまり敵を殺してしまわずに、
捕虜にして高額の身代金を要求できたのです。
また、教会が、11世紀後半頃から、キリスト教徒に対する弓矢の使用を
禁止したという事情もありました。

 
槍(やり)や剣で戦うヨーロッパの騎士

それに対して日本の武士(特に平安鎌倉期)は、基本的に
弓矢を武器としました。
平安時代、もともと武士(さむらい)とは、
馬上からの弓の射芸という特殊な戦闘技術を身につけた戦士のことを指したのです。
武士とは、もともとは
弓矢に秀でた戦士のことだったのです。
なので、日本の武士が身につける「鎧」(よろい)も、
弓矢に対する防御に重点が置かれていて、しかも馬の上から弓を放つのに
即した構造になっていました。

よく時代劇の合戦のシーンで、敵味方が日本刀を抜いて斬り合う場面が出てきますが、
実際には刀を抜いて斬り合う機会はそんなに多くなくて、
合戦での戦死者・負傷者の比率は、
弓矢によるものが多かったと言われています。

 
『平治物語絵巻/三条殿夜討巻』               日本の武士は弓矢で戦う


③ヨーロッパの騎士と女性/愛と奉仕の世界
ヨーロッパの騎士道において、日本の武士道には決して見ない大きな要素があります。
それは
「女性」の存在です。

ヨーロッパの騎士道では、
貴婦人を尊び、貴婦人や乙女に仕えることを理想としました。
とりわけ、
主君の奥様とか姫君に対する、自己犠牲的な愛や忠誠心が尊ばれました。

例えば、中世のロマンティックな
騎士道文学の典型的なストーリーは、
騎士が見知らぬ土地を冒険し、美しい貴婦人の為に住民たちを苦しめる強大な敵
を倒して、その土地の王に認められるというものです。
映画『ロード・オブ・ザ・リング』にも、美しい姫が登場しますね。
こうした女性に対する礼儀正しい態度は、
レディー・ファーストという形で今日まで受け継がれています。

  
愛する女性に仕える騎士                  フランスの歴史マンガに出てくる姫と騎士

しかしだからと言って、騎士道の「レディー・ファースト」が、
必ずしも女性の地位向上につながったわけではありません。
中世という時代においては、
女性は男性に対してあくまでも従属的な存在で、
もっと言うと、「子供を産む機械」あるいは単なる「物」に過ぎませんでした。
悪い言い方をすると「レディー・ファースト」とは、
男たちの一種の「自己満足」の産物だったと言えるのかも知れません。
「女性を大切にしようとするオレ様って偉いよね」みたいな。


しかし、日本の武士道には、そもそもこの「女性」という要素が
決定的に(あるいはほとんど)欠けています。
女性のためを想う武士などというものは、およそ武士たる者にはふさわしくなく、

「サムライ失格」
です。
主君の奥方や姫さまへの秘かな想いというものも、実は決してなくはなかったでしょう。
しかし、それをヨーロッパのように表立って、
ひとつの
「美徳」として堂々と打ち出すなんとてことは決してありませんでした。
ただひたすら、主君への「忠義」がすべてでした。

日本の武士の世界は、あくまでも
男たちの、男たちによる、男たちのための世界」でした。
なので、男性同性愛の世界と紙一重でした。
妻や娘たちを犠牲にしてまでも、主君のために命を捨てて戦う、というのが
武士道の「美しい」世界を形作っていたのでした。

 
映画『山桜』より                      映画『必死剣鳥刺し』より


本日はここまでです。
次回(第11回)は、ヨーロッパ中世の城郭(お城)についてです。


 今回は、小コメントやその他の提出物はありません。

次回は5月24日(月)の午前中(11~12時頃)に、第11回目の授業内容をこのサイトにアップします。
 
http://wars.nn-provence.com/ にアクセスして下さい。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【第10回の授業に関する参考文献】

『図録・企画展示/武士とはなにか』国立歴史民俗博物館、2010年。
『図録・春期特別展/中世のウィーン・壮麗な騎士たち-ハプスブルク家における騎馬甲冑の美』
                        馬事文化財団、1998年。
『歴史群像 No.25/気高き大国フランスの戦争と平和』学習研究社、1996年6月号。
『ローレンスムック・歴史雑学BOOK/戦国合戦[バトル]の戦い方』総合図書、2009年。
石井進『中世武士団』講談社学術文庫、2011年。
氏家幹人『武士道とエロス』講談社現代新書、1995年。
川合康『源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究』講談社学術文庫、2010年。
小島道裕編『武士と騎士-日欧比較中近世史の研究』思文閣出版、2010年。
近藤好和『騎兵と歩兵の中世史』吉川弘文館、2005年。
柴田三千雄・樺山 紘一・福井 憲彦ほか編著『世界歴史大系/フランス史1・先史~15世紀』
                        山川出版社、1995年。
二木謙一『合戦の文化史』講談社学術文庫、2007年。
柴田三千雄『フランス史10講』岩波新書、2006年。
末崎真澄「ヨーロッパの騎士と日本の戦国騎馬」『図録・中世のウィーン・壮麗な騎士たち
             -ハプスブルク家における騎馬甲冑の美』馬事文化財団、1998年。
鈴木眞哉『戦国軍事史への挑戦・疑問だらけの戦国合戦像』洋泉社歴史新書、2010年。
本郷和人『武士とはなにか・中世の王権を読み解く』角川文庫、2013年。
渡邊昌美『フランス中世史夜話』白水社、2003年。
スポンタン「馬上槍試合
(トーナメント)の起源と発達」『図録・中世のウィーン・壮麗な騎士たち
             -ハプスブルク家における騎馬甲冑の美』馬事文化財団、1998年。
マーティン・J.・ドアティ『図説/中世ヨーロッパ武器・防具・戦術百科』
                       日暮雅通訳、原書房、2010年。
ジャン・フロリ『中世フランスの騎士』新倉俊一訳、文庫クセジュ、白水社、1998年。
プファッフェンビヒラー「政治の道具としてのトーナメント」
                『図録・中世のウィーン・壮麗な騎士たち-
               ハプスブルク家における騎馬甲冑の美』馬事文化財団、1998年。
シドニー・ペインター『フランス騎士道-中世フランスにおける騎士道理念の慣行』氏家哲夫訳、
                                 松柏社、2001年。
アンドレア・ホプキンズ『図説・西洋騎士道大全』松田英ほか訳、東洋書林、2005年。
マーティン・J.・ドアティ『図説/中世ヨーロッパ武器・防具・戦術百科』
                    日暮雅通訳、原書房、2010年。
マシュー・ベネットほか『戦闘技術の歴史2/中世編・AD500-AD1500』
                       淺野明監修、野下祥子訳、創元社、2009年。
メクゼーパー&シュラウト『ドイツ中世の日常生活-騎士・農民・都市民』
                         瀬原義生監訳、刀水書房、1995年。
BEFFEYTE, Renaud, L'art de la guerre au Moyen Âge, Ouest-France, 2005.
KEEN, Maurice, Medieval Warfare, A History, Oxford UP, 1999.
MEULEAU, Maurice, Histoire de la Chevalerie, Ouest-France, 2014.
MEULEAU, Maurice, Vie des Chevaliers au moyen âge, Ouest-France, 2014.
MEULEAU, Maurice, Vie des Seigneurs au moyen âge, Ouest-France, 2014.
RENAUDIN, Florent, L'Homme d'armes au moyen âge à la fin du XVe siècle,
                                Errance, 2006.

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

質問等は、メールで送って下さい。
また小コメントや最終レポートも、やはりメールで送って下さい。
所属学科、学生証番号、氏名、授業名を必ず明記して下さい。
nakagawa@tokai-u.jp



オンライン授業「ヨーロッパの戦争と文明」の最初のページに戻る













中川研究室ホームページ/TOPページ